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ESAとは

ESAとは

発展途上国には、社会的事情や、家庭の経済的理由で、教育を受けられない子どもがたくさんいます。近年、インドはIT産業による経済の発展の途上にありますが、その陰には、まだまだ国の福祉行政が行き届かず、教育の機会に恵まれない子どもたちが数多くいます。また、国境を接するバングラデシュは世界の最貧国の一つです。

ESAの活動の中心は、インド、バングラデシュで日本の小中学校、高等学校に相当する基礎教育を、1人でも多くの子どもが受けられるよう支援することです。私たちは2カ国に現地の協力団体と6つのユニットを形成し、それぞれの地域のニーズに合わせて教育支援活動を行っています。

理事長からの就任のご挨拶

ESAアジア教育支援の会 理事長 田代日出夫

 私は1935年2月、5人兄弟姉妹の末っ子として韓国の釜山の近傍で生まれた。父親が土木技師で当時の満州鉄道と朝鮮鉄道で働いていたからである。雄大な自然と触れ合いながら小学校時代は実に楽しく遊びまわった。しかし、終戦後(小学校5年生)父親の故郷、福島県相馬中村に引き揚げ、生活が一転。非常な耐貧生活が続いた。しかし、ここでも田舎の自然との共存を目指して、小鳥などの生き物を育てながら、私が最も大切にしているモーション・マインドの精神を身につけることができたのである。

 

 製鉄所に就職し、男らしい設備保全の仕事に生きがいを感じながら技術ノウハウを蓄積し現在もいまだコンサルタントの仕事を継続している。今回、新理事長としてESAの子どもたちの環境改善にご協力できればと判断し、この職務を引き受けたのである。私は38歳のとき、初めて南部イタリア地域開発のためヨーロッパ最大の製鉄所へ保全技術指導団長として約15名の団員を連れて、3年間仕事に精を出した。当時は南と北の格差が激しく、その上製鉄所内で小グループの組合が常にストライキの実行行使を繰り返していた。私は現場労働者の味方、彼らのレベルが向上しないと設備の稼働率は向上せず生産性は上がらないという信念を持ち続けた。保全現場に出ては労働者たちの意識改革を手がけた。もちろん、イタリア語の個人レッスンも100時間、町のあらゆる店に入りウィンドウショッピングをしながらイタリア語の習得に全力を注いだ。これらの労働者たちとコンタクトしている間にも貧困の差を感じ取っていた。

 

 次は中南米のヴェネスエラへの派遣である。鉄鋼の労働者の80%は義務教育を修了していない人ばかり。この人たちの中に入り、設備保全の普及を率先して実施した。先方の社長からパスポートを没収すると言われ2年間の派遣が倍の4年になった。ヴェネスエラの労働者の貧困を和らげるため、日本人や英国人などと協力し合ってボランティアの道を切り開いたのがきっかけであった。日本に帰国してからは妻の熱意に引っ張られ、ESAの場を借りて活動を継続している。

 

 しかし、世の中が発展すればするほど格差社会は広がるばかり、これにどう対処するのか?私は設備保全のエンジニアとして現在も後輩の育成を手がけている。この保全の仕事は無尽蔵である。これと同じくESAの子どもたちへの教育支援は絶えることはない。「鉄は熱いうちに打て」の諺の実行とモットーを生き抜き、ふと気づくとESAの頂点に立たされていた。今後は子どもたちの教育支援活動を現地コーディネーターはじめ、ESA役員や会員全員と手を取り合って努力し、会の発展に尽くしたい。

 

皆様方の温かいご支援をお待ちしています。