活動地域と支援規模
バングラデシュ
シレット・ユニット紹介
この地域でのESAの活動の特徴は、インドの植民地時代から続く紅茶農園の労働者の子どもたちに対する教育支援です。イギリス植民地時代の150年ほど前に、インド各地から安定した仕事、住む家、医療、教育の整った生活を夢見て何十万人もの少数民族が、部落単位でシレットの茶農園に集められました。彼らは、紅茶農園の所有財産のように低賃金労働者として、社会福祉の恩恵を受けることなく現在も生活をしています。経営困難に陥った紅茶農園は、帰る故郷もはるか昔に失った彼ら労働者を見捨て、廃業して立ち去ることも珍しい話ではありません。自分で貧困という問題を解決する力は教育と通してしか得ることはできないのです。そういった少数民族の村に寺小屋から小学校を作り、子どもたちに教育の機会を提供しています。
支援グループ
| ムングラ小学校・ロキプール寮・近隣中学校 | 121名 |
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| ロキプール中学校 | 550名 |
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| カラグール小学校・近隣中学校 | 144名 |
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| ゴワバリ小学校 | 73名 |
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| ジュニオレート小神学生寮 | 28名 |
カラグール小学校から
カラグール小学校はシレットの紅茶農園の村の中にあります。小学校が建設されて5年、子どもたちは今日も元気いっぱい学校生活を送っています。勉強は難しくて、ついて行くのは大変ですが、学ぶ喜びは、かけがえのないもので、子どもたちは新しい知識を喜んで学んでいます。
昼間はお父さんもお母さんも茶農園で働いて年寄りと子どもだけの村になりますが、皆、弟や妹まで連れて学校に来ます。カレー味のお粥の給食が楽しみで小さい子どもたちはお兄さんたちが勉強する間ずっと大人しく座って待っています。
上の写真の右端に写っているシュモン君は今15歳、障害を持って生まれ、歩くことができないので入学が遅れ今4年生で学んでいます。朝はお父さんが抱え、帰りは友達が抱えて通学しています。将来はミシンを習って自宅で仕立ての仕事をしたいと考えています。茶農園の村では家事や幼い子の面倒をみるのは年長の子どもの役割です。彼の家では、12歳の弟が学校に行かず、薪を集め、水を汲み、幼い妹や家族の面倒を見ています。これが、貧しい人々の暮らしの悲しい現状です。両親が懸命に働かなくては、家族が生き延びていくお米を買うこともできないのです。
ゴワバリ小学校から
ゴワバリ小学校は、シレットの北部、インドとの国境近くにあります。この村は、もともと紅茶農園の労働者の村でしたが、茶農園が廃業し、村人たちは職を失いました。今でも45家族この小高い丘の小さな村に残り、日雇労働や、薪拾いをしてやっと生活をしています。ESAでは、2年前から、このゴワバリ村で小学校の支援を開始し、2010年には、45人の生徒が、幼児クラスから5年生までのクラスで学んでいます。両親とも読み書きのできない子どもたちですが、学ぶ喜びにあふれています。彼らの成長が楽しみです。
ゴワバリ村の人々は他の多くのバングデシュの村の人々と同じく、自分の年齢の数え方を知りません。 この写真のチャミリ・マハリさんも多分11歳ぐらいだろうとお父さんのスバッシュさんは言っています。チャミリには2人お兄さんがいますが、6年生までで学校はやめて、すぐそばの国境を越えたインドで日雇い労働者として建設現場で働き、1ヶ月に2回家族の生活費を持って、そしてまた、激しい労働で疲れた体を休めるために帰ってきます。お母さんのスシラさんはチャミリが生まれてまもなく病気で亡くなり、幼いころからチャミリは、家事を一人でこなしています。お父さんは定職がなく、毎日インドの森に入っては薪として売る木を1本切っては、担いで帰ってきます。チャミリはこんな忙しいのに、勉強もきちんとし、優しく、人の話を聞く思いやりのある子どもです。ダンスもとても上手で彼女の笑顔が何よりのチャームポイントです。プジャのお祭りには、地域の学校で文化祭のような催しがあり、ゴワバリ小学校からもチャミリがダンスを披露し上手に踊れました。


